第4回 『道具を作る』
      〜鉈職人と鑢職人〜       中 村  滝 雄   

                                 今 淵  純 子   

 

 

 鉄との出会い

 鉄鉱石を溶かして鉄を製錬する技術は、紀元前1500年頃の小アジアで発達したと言われています。それ以前は、隕鉄(隕石)を叩いたり曲げたりして鉄製品を作っていました。紀元前1500年頃の技術では、完全に鉄を溶かす温度に出来なかった為、不純物が多く入った海綿鉄と呼ばれる鉄しか出来ませんでした。しかし、何度も海綿鉄を加熱し叩いていくと、不純物が取り除かれて炭素分をほとんど含まない鉄にすることが出来ました。こうして出来た鉄を錬鉄と呼びます。ところが錬鉄は、炭素分が少ない為に柔らかく、刃物に使用することが出来ません。そこで古代の人は、錬鉄を木炭の中で加熱し何度も叩きました。その結果、刃物に使用出来る硬い鉄「鋼」を手に入れることが出来たのです。

 古代の人達は、鋼を使用し、生活を支える道具を作り始めました。長い年月をかけて使いやすい道具を考え、技術を磨いてきたのです。そして、技術が高度になるほど、それを体得するのは困難になり、各分野の専門家が生まれることになったのです。

 人は、生きるために道具を作り、生きるために道具を使います。その人間のサイクルの中に鉄という素材が混じり合いました。鉄をどのように使うかということを考えることが、人間の文明社会を支える基盤の一つとなってきたのです。

 

 泊 鉈

 鉈は、中世あたりから普及した刃物と考えられています。それまでの時代は、厚鎌か斧を使用していたようです。しかし、山で仕事をする者にとって、持ち物は少ない方がよい。そこで登場したのが、鉈だったようです。

 現在、泊鉈が使用されている地域は、広範囲にあります。なぜ泊鉈が、富山県外に多く流通したのか。それは、泊鉈を作る鍛冶屋と、県外に働きに出る人夫達の住む地域が同じだった為です。つまり、人夫たちが、泊で作られた鍛冶道具を持参し、各地方に移動していたのです。そして、各地域で「使いやすい優れた道具」という評判があり続けたからこそ、遠方からの注文が多くあるのです。

 

 泊舵の特徴

 @トンビの嘴のような突起が、鉈の上部についていること

 泊鉈は、越中鉈と呼ばれたり、その形態からトンビ鉈とも呼ばれています。また、泊鉈の突起だけを指して、トンビと呼びます。

 トンビがあるおかげで、木の根元を切断する際、刃先を保護する効果が得られます。土中には、石が混在しているのでトンビがないと刃先が欠けてしまうのです。また、先端部分にトンビがあるので、鉈を振り下ろす際に重さが加わり、威力が増します。そして、トンビを使って遠くの枝を引さ寄せたり、伐採した木をまとめてくくる際の強く締め上げる為の道具として使われます。

 A鉄を7対3に割り、そこに鋼を入れること

 泊鉈を作るには、蒲鉾の底板のような形をした鉄の板を使います。その鉄の板の側面部分を7対3に割り、鋼を入れます。その結果、泊鉈の表と裏に出る鋼の表面積が違ってきます。この様な製作をすることが、長期間にわたる刃先の研磨を可能にしたのです。例えば、泊鉈に使われている鋼を割り入れせずに裏打ちをすると、地鉄と鋼の間に溝が出来やすく、そこからひびが入ってしまいます。溝が出来ないように薄い鋼を使うと、刃先が欠けやすくなります。また、地鉄の裏に厚みのある鋼を全面に裏打ちすれば、鉈1つの値段が高くなってしまうのです。

 B鉈の形態が緩やかな曲線を描き、刃先があまり鋭くない

 鉈の刃先は、強い力がかかります。泊鉈は、その力に耐える刃先にする為に鋼を厚くするだけではありません。刃の根元から先端にかけての断面は、トンビの嘴のような曲線を描いています。また、泊鉈の使用方法は、肩を軸に、上前方から下後方へ移動するように切断します。その為、手に持った鉈は、大きな円孤を描くような動きをします。その結果、木の切断面は、美しい楕円形となります。

 このような動きと刃先の形を有効に使用するには、鉈全体の形態が、刃先を内側にして緩やかな曲線を描いているとよいのです。

 これらの特徴は、作り手と使い手の意見交換による試行錯誤があったからこそ、完成された特徴なのではないかと考えられます。

 

 朝日町で、泊鉈の製造をする最後の鍛冶屋・大久保中秋さん

 大久保さんは、鍛冶屋歴54年目になる朝日町で唯一の鍛冶屋です。大久保さんは、ちょうど終戦から3日経った昭和20年8月18日に泊の鍛冶屋に弟子入りをしました。そして、4年という短い修業期間で技術を体得し、19歳で独り立ちをしたのです。

 鍛冶屋に限らず職人の仕事は、「見て覚えるもの」と言われています。つまり、職人の仕事は、仕事を覚えようとする集中力と、覚えた仕事を正確に再現するための実行力と器用さが必要になります。大久保さんは、それらの能力を潜在的に持つ人物だったからこそ、4年という短い修業期間で独り立ちをすることが出来たのです。しかし職人の仕事は、それらの能力だけでは成り立たないのです。

 職人は、常に使う人の側に立ち、誰よりも良い道具を作る、という意志を持ち続ける必要があるのです。

 大久保さんが作る道具の種類は、林業や農業、そして台所で使われる道具など、多岐にわたります。その為、作った経験もなければ、体験したこともない分野の道具を作らなくてはならない時もあります。しかしどのような時も大久保さんは、注文者側の話す内容に集中し、最良の道具を作り続けてさたのです。また、大久保さんが作った道具やそうでない道具が、修理のために持ち込まれると、その状態を見て、使い手の癖や作業環境を見抜き、さらに使いやすい道具にして手渡すのです。そして道具から見えてくる情報は、使い手の作業環境に関することだけではないのです。修理のために持ち込まれる道具からは、作られた地方や、鍛冶屋の技量も判断出来るため、遠く離れた鍛冶屋同士の交流がなくても、鍛冶屋に関する情報を手にすることが出来たのです。

 現在でも、大久保さんのもとにくる注文の中には、大久保さんが疑問に思うほど、遠い場所からの注文もあるのだそうです。

 そうした事実は、大久保さんが、相手の要求を正確に見抜く洞察力と、要求以上の道具を作り出す高度な技術を持ち合わせている人物だということを、使い手が信じているからこそだと考えられます。

 作り手と使い手の繋がりは、お互いの信用によって成り立つものなのです。そして大久保さんは、その信用を積み重ねた者のみが生き残れる世界で鍛冶屋を続けているのです。

 

 高岡銅器と岡崎鑢

 鑢(やすり)は、金属のみならず木やプラスティックなど、多彩な素材の切削に使用される道具です。特に銅器製作で全国シェアのほとんどを占める高岡では、鑢製作者達が技術を競い合いながら銅器加工業者を支えてきました。しかし近年、簡易的で加工時間の短縮を可能にした機械や電動工具の発達・普及によって、手道具の需要が少なくなりその生産量は激減しています。このような環境の中でも、銅器製品にする最後の微妙な仕上げは職人の手で行われています。これら職人のニーズに応え、良質な鑢を製作し続けている岡崎喜久治さんは、職人つまり切削を伴う加工業者を支えている貴重な存在であると言えるでしょう。

 かつて高岡では、銅器加工業者自身が切削しにくくなった鑢目の修理を行いながら使用していたといいます。「トントン目」と言われていたその修理方法は、磨耗や欠けを起して切削しにくくなった鑢目を残したまま、さらに新たな鑢目を作る方法でした。その切削能力はそれほど高くなかったと容易に想像することができます。以後、鑢製作の専門家である稲垣久四郎氏が名古屋から来て、鑢地を横に送りながら目切り(鑢目を作る)を行う「横切り法(西洋切り)」の技術を伝えました。銅器の町高岡で育った岡崎さんは、18歳から父親に就いて「横切り法」による鑢製作に従事し、厳しい修行を積むことになります。しかし数年後、岡崎さんは師となる父親を亡くし、手探りでその製作方法の開拓を余儀なくされ、技法や技を極めてきました。

 

 優れた鑢製作

 現在の経済システムでは、製作者が一方的に製品を作り、使用者はそれを工夫して使うという関係で製品が流通しています。しかし、より優れた製品を製作・提供をしていくには、使い手と作り手両者の協力関係が必要です。岡崎さんはこの点を重要と考え、使用している加工業者からの要求やフイードバックに耳を傾けて模索し、より優れた鑢製作に努力を重ねました。ここにその要求例の幾つかを挙げてみます。

・鋳造品の切削を行う際、銅器の複雑な形態に合わせた特殊な鑢が欠かせません。

・鋳物砂にも欠けない鑢目を保持できるような硬度を持った耐久性のある鑢が必要となります。

・岡崎さんの所には打ち直し(鑢目の修理)に返ってくる鑢があります。それに付着した金属粉(鑢屑)や鑢目の減り具合、欠け具合などを観察し、その使用目的や切削方法などを推し量って使用者の要求をとらえます。

 また、岡崎さんのこだわりとなった特徴的な要求例とその対処法を簡単に挙げてみます。

 一般的に鑢は、鉄を切削する道具であると認識されていますが、切削する対象物の素材は多種にわたります。高岡銅器に使われている主な素材は、鉄をはじめブロンズ、真鍮、アルミニウムなどです。その中でも柔らかい素材であるアルミニウムを切削するには、その屑によって目詰まりを起こさせてしまうので、単目(たんめ)が使われます。しかし単目は、対象物の表面を滑ってしまうことがよくあります。岡崎さんはこの対策法として、鑢目の目切りに工夫をこらしてました。軟質物が美しく切削できるように、鑢目の刃角や立上がりの角度を鋭くし、また対象物との引っ掛かりを改善するために、下目を浅く切った単目の形に仕上げています。このことによって切削性と目詰まりを解消しました。

 また、ある納入先の企業から欠陥部分の金属組織を顕微鏡で見せられ、焼き入れ状態の優劣を指摘されました。工学的な知識やそれに基づく対処の要求です。だからといって生産する量からしてもコンピュータ制御設備を採用できません。岡崎さんは決して近代的とはいえない仕事場で、工学的なデータに裏付けられた勘と経験を身につけ、一歩進んだ鑢製作を行うにいたったのです。そして納めた製品全てをこの企業が要求する金属組織や硬度に再生産し、納品しました。

 これらの例はごく一部に過ぎませんが、このような要求やフィードバックが岡崎さんに優れた鑢製作へのこだわりを形成させたと言えるのではないでしょうか。

 

 製作工程、究極の鑢を求めて

 手打ち鑢の製作工程は、鑢地となる鋼の軟化を目的とした焼鈍(やきなまし)から始まります。その後、鍛造加工や焼鈍によってできた酸化膜や脱炭部(だったんぶ)を除去するとともに、鑢の形態を整える目的でグラインダーによる切削を行います。特に脱炭部の除去は、鑢目の磨耗や欠けを早期に起こさせないよう入念に行われます。

 次に、鑢で大切な鑢目の目切りを行います。目切りは、鏨(たがね)によって鑢目となる突起を作る工程ですが、特に工夫をこらしているところです。目切りをしている映像で見る全ての行為は、体が自然に反応するといった感じで、その動きの連動や鎚音のリズムは美しくもあり見事です。鏨をもった左手は、ある一定の角度を保ちながら、左から右へと打ち上げた鑢目を一つづつ飛び越えて次の目を打ち上げます。(図1)。その位置を決めるのは、全て鏨の刃先から手に伝わってくる微妙な情報によって判断している、と岡崎さんは言います。

 また、現在もなお使われている金槌の柄は、次頁上欄の写真を見ると、異様なまでに美しく変形しているのが分かると思います。この変形は、常に機械のごとく同じ鑢目を立ち上げるため、握られた指によって擦れて削りとられた跡です。この金槌から、50年以上の歴史と、作られてきた鑢の数や切削加工業者の仕事量を想像することが出来ると思います。そして金床の左側に散在しているおびただしい数の鏨、この何の変哲もなく見える鏨には、岡崎氏さんの目切りに対する考え方の集大成が隠されています。つい最近まで金沢の職人の間で使われていた鏨と比べると分かりやすいので図1、2や欄外写真を参照して下さい。

 目切りが行われた鑢地は、切削可能な硬さにするために焼入れを行います。鉄と炭素の合金である鋼は、その割合によって焼入れ後の硬さに違いが生じます。鑢に使われている炭素工具鋼はSK−2E(炭素1.10〜1.30%)であり、焼入れ温度は760〜820℃(水冷)HRC63〜65°の硬度が得られます。焼入れの際、岡崎さんは温度計を使わず全て勘と経験によって行います。そのため焼入れに適した温度は、塩の混合物(塩化ナトリウムの融点は809℃)を鑢地に塗布し、その溶融する状態によって820℃の微妙な焼き入れ温度を判断しています。その他、塩の混合物を使用することによって、冷却水のガス抜き・急冷度や酸化・脱炭防止の効果が得られます。

 また、加熱された鑢が投入される冷却水は、50年以上使われています。毎回新たな水で冷却すると、その中に含まれているガスが発生して冷却する時間に差ができ、硬度に斑が出てしまうからです。

 ここに取り上げた「目切り」と「焼き入れ」以外にも多くの工程があり、それぞれに工夫とこだわりの部分があります。それらは、作業をスムーズに進め、全て優れた鑢の一点に凝縮しています。しかしこの二つの工程は、鑢の切削能力に大きく影響するために独特のこだわりが反映されているのです。

 

 勘と経験の世界、職人技と精神性

 職人技は、微妙な動きあるいは間(ま)にも全て意味があり、一流と言われる人ほど無駄なく作業が行われます。そしてそれらが製品に集約されていくのです。少しでも優れた製品を作るために、岡崎さんが自らの好奇心と努力によって工学的な知識に裏付けられた実験を繰り返す姿や、そこで得た技法・技に私たちは感動すら感じます。そして、その恩恵に感謝するばかりです。このような優れた物に接することによって感じ取った精神性は、日常生活や趣味において少しでも深く物事を理解するための手助けになるのではないでしょうか。誠に地味な鑢製作は、現在後継者がいないと耳にしますが、せめてその精神性だけでも受け継がれなければならないと思います。
 
 
 

(なかむら たきお・国立高岡短期大学教授   いまぶち じゅんこ国立高岡短期大学助手)
  
−平成12年2月12日放送−

 
 

※ 著者の役職名は、放送日現在のもので表示しています
 
 

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